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2.雅楽歌曲の九声 譜例(85)の上段は、現在の宮内庁楽部に伝えられている、往時の歌曲の九声を芝 祐康氏が現代楽譜に採譜配列したものです。 その下段の高音部に転譜した音列は、筆者が今後の解析上の便宜を図って、異名同 音様式に対照させたものです。 [譜例・85] 雅楽歌曲の九声 そして上段譜表下の音名は、芝氏の記入した、壱越宮とする伝統的階音名で、下段の 符頭の下部に記された算用数字は、筆者が類推した十二律配立順位番号です。 さらにここで示された黒符頭は、芝氏の解説によれば、臨時的経過音とされています。 本講の楽理的立場から見れば、旋法的一時転調とも考えられますので、厳然として存在 する声域9声の音列を、従来の五音七声の複合音程として捉えれば、第7の音( g i s (鳬調)から d”(甲壱越)まで順に進んで、複合音程の第2第3(A・E)に類進し た音列であることが分ります。〔(譜例、86)参照〕 [譜例・86]
言葉を換えれば雅楽歌曲の九声として制定された音列は、鳬調(gis )の呂・鸞鏡( ais )調の呂・断金(di s )調の呂、それぞれの五音七声の3音域で構成された音列 の中で、完全にカバーされている、と言うことができます。譜例(86)の下部にカッ コで結ばれた3種がそれで、この9声の音列は単なる音列の声域的配列ではなく、基本 的には3種の呂の五音七声旋法の連繋から成り立っていることが、明らかになったと考 えられます。 さてそれでは、古代の歌曲の曲調はこれら3種の曲調に限られていると、断定するに は余りにも早計と言わざるを得ません。前の第5項で解析を試みました台南孔子廟の舞 楽や、明孔廟楽のそれのように、器楽部と歌声部との曲調の違いによっても、その理解 は容易な筈です。笙楽部は飽くまで基本的壱越調の呂音列に従って音を重ねたとしても、 歌声部はその同音列上の陽旋であって、相互に近親調による平行的多調性だったことを、 解析することが出来ました。 つまりこれは、器楽そのものゝ伝統的奏法による、技法的習慣と、自然人類的声曲の 持つ慣例律との習合から発生した、無意図的異名同音を依拠とした、複響態だったこと を忘れてはなりません。 そこで本講は、改めてここで実態として提起された雅楽歌曲九声を、その共通音列上 に内在する声曲的五音階曲調を類推し、さらにテトラ・プンクトに解析し、整理したも のが次の譜例(87)です。前の譜例(85、86)と照合しながら、じっくりと考察 してみてください。 [譜例・87]
1段から5段までは、G・C・F・B・Eを第一核音とする5種の律旋音階と、A・D・ G・C・Fを第一核音とする5種の陽旋音階、そして6段から8段までは、A・D・G を第一核音とする陰旋音階で、合計13種類のペンタトニックが浮かび上がって来たわ けです。果たしてわが国の古代に陰旋が存在したかどうか、まことに興味深いところで す。そして陽旋こそ東アジアの代表的慣例律でもあり、その実態を確認する意味からも、 わが国の宮廷神事の式楽として古代から遺存する、『神楽歌』から解析を進めることにし ます。 | ||