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6.調号と五音階調性 さてこれから愈々実楽の課題曲の解析に移る前に、どうしても気にかかる問題点を解 決しておかなければなりません。 それは譜表に示された調号と、そこに記される五音階の音列上に生ずる調性的曖昧さ と言ってよいと思います。それはまた我が国の2種類の陰旋音階以外の総ての五音階音 楽の記譜法に当て嵌まる問題でもあります。 ここで言わんとする調号とは記譜上の調号の事で、音階論としては全く別に考えるべ きことなのです。つまり東アジアの五音階音楽の淵源は、漢の十二律で定められた律管 の上に立てられた音列式で、洋楽の譜表上の自然音階(7音)を基本としたものとは違っ て、読譜上のシグナルネームの移動を示した調号とは、本質的齟齬は止むを得ない問題 でもあるわけです。 先ず譜表に示す調号の本来は、音階的主音の do のピッチが示されることとも言えます。 ところが東アジアの五音階音楽では、邦楽的陰旋の経過音的 do と、沖縄陰旋以外には、do は主音たり得ないところから、その導音としての si は現われることはない、とも言えます。折角派生した第7の音や、陽旋の付加音 si はそのすぐ上の(短二度)の do に進行するものではなく、音列的組み替えによる中間音だったことは、前 課題曲でも確認された通りなのです。 また前章でも言及したとおり、漢の五音階を複音楽的に展開した場合には、洋楽で謂 うところの複調的性格が強く、さらに我が国の俗楽の一般では、陰陽合わせて相互に並 行調的な転調を常套手段としていることなどを加味し、記譜上のシラブルネームの設定 と、和声的判別の安易さ等々までも考えた上、敢て洋楽的導音をもたない音階でも、そ の部位に変音記号で示された調号を採用した次第です。 つまり東アジアの音楽の主流は、多調性音楽(Politonal music )と解釈すべきものだったわけです。従って楽曲の終止音を以て、その調性の目安とする事を、調号で示 すという動機からのものと見るべきでありましょう。 ともあれ筆者のこれまでの体験から、こうした記譜様式で支障を来たしたことは、今 迄に一度もなかったと言えます。特に譜表と言う空間的情報を奏楽的対象としている洋 楽器を用いた器楽曲の場合、演奏者たちに指示を与えたり、その音楽意識の疎通をはか るためには、極めて便宜的方法だったと申し上げておきます。
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