(三)古代ギリシャの音階論

1.テトラ・コルドの定則性

 紀元前六世紀の後半、ギリシャのピュタゴラス(Pythagoras、BC582〜BC500 頃)がピラミットの建造に際して、太陽光線の影を利用した測定法の研究のため、エジ プトに滞在中、偶然に発見した一弦琴の板上の定則的目印から、音律感の物理的存在を 知り、帰国後アテネに移ってから、その視覚的法則性を音響学原理として、多くの子弟 に教授したと伝えられています。

 やがて彼の晩年には、定められたテンションの弦の長さの四等分法(3:4)、五等分 法(4:5)の併合により、その倍音律を数値に置き換えて、当時ギリシャの奏楽に用 いられていた旋律上の音律を音列式として整理するところまでに達していたと言われて います。

 これが図らずも、後世のギリシャ音階論の基礎学となって、慣例律と言う最も自然な 音律感に整合したテトラ・コルドと言う完成された音列楽理に展開して、さらに後世の 複音楽の対旋律論の底流となり、大いに効益する原理となったのです。

 テトラ(tetra)とはギリシャ語の四つとか四本のと言った形容数値で、コルド(cordo) とは弦のことです。つまり4本の弦の両端の音程が3:4の弦律関係(完全四度)で、そ の中間に挿まった経過的音律の2本の弦がある、と言った考え方です。従ってテトラ・コ ルドとは音列として定則性を論証するために用いられた、基本的単位の設定を意味した わけです。

 そしてルネサンス期以降のドイツの各大学の楽派間で、この完全四度単位の楽理が復活し、やがて旋法論(音列式)そのものを、テトラ・コルドの原理と呼ぶようになって いったのです。これこそ歴時的認識法の進化と言えるべきものでしょう。

 それにしても前項で詳述した東アジアの慣例律の定則性と、その中間音が1音か2音 かの差こそあったとしても、支配的核音律側面から考えれば、余りにも相似していると 言っても良いでしょう。この中間音の違いがそのままダイヤトニック(七音階)とペン タトニック(五音階)とに展開する要因であり、共通した4度核音の定則性は、洋の東 西を問わず、人類の持つ生理的音律感の実態とも考えられ、この両極的異質文化圏の関 わりなき暗合は、まことに興味深いことでもあります。

 しかもテトラ・コルドの原理は、中世を通して教会旋法のなかに習合し、長い時間を 揺れ動きながら現代の基本的全音階に、発展的に収斂されたその後もその音階的支配機 能を少しも損ねることなく、典型的四度核音の連繋として、本質的な機能の蘇生を果た しているのです。まさに今や世界的規模の音階楽理の基礎的定則性として、否定できな いものがあると言って、決して過言ではありません。

 それではここで十七世紀後半のドイツで、盛んに論じられたというテトラ・コルド原 理に基づいた、下行音列式を解析してみることにしましょう(「譜例12」参照)

[譜例・12]


 譜例(12)の白符頭は、完全四度両端の核音です。そして黒符頭は中間の経過的2 音で、その機能的識別の扶けとしたものです。またその下部には、参考までにシラブル ネームを示しておきました。

 それでは先ず、譜例の「イ」から考察してみましょう。これは基音(第一核音)の白 符頭 dから第二核音のAまでに下行する完全四度の音列式です。即ち re から do の長二度、続く do から si の短二度、その si から la までの長二度というテトラ・コルドの基本的音列構造を示したものです。さらにこれを図式で示せば

(長二度)+(短二度)+(長二度)=(完全四度)

となってきます。この音列構造をテトラ・コルドの第一類と定め、TC1と略記します。 そしてその解析記法としては、d〜 A=TC�と略記で示されます。従って譜例の(ロ)は、g〜 d =TC�となるわけです。

 続く譜例の(ハ)と(ニ)のTC型を図式で示せば

(長二度)+(長二度)+(短二度)=(完全四度)

となるわけです。これをTC第二類としてTC�と略記し、その解析図の(ハ)はa 〜 e =TC�、そして(ニ)は e 〜 H=TC�ということになります。

さらに譜例の(ホ)と(ヘ)の図式は

(短二度)+(長二度)+(長二度)=(完全四度)

と言った構造で、これをTCの第三類として、TC�と略記して類別されます。そして(ホ)はc′〜g=TC�、(ヘ)は f 〜 C=TC�と解析略記されることになります。

 以上3種類のテトラ・コルドはそれぞれ2単位ずつ連繋されてオクターブ音程をカバー して、ダイアトニック(七音階)を構成し、やがて中世の初めから教会旋法へと展開し ていったと言われています。それら多様な音列式は、2単位の繋がる接点に長二度の隔 たりを持つものを、ディスジャンクト(disjuncto)されたものと表現し、全くその連繋 に隔たりのないもの、つまりはじめのTCの第二核音と、続くTCの第一核音とが共通 音律となって重複したものを、コンジャンクト(conjuncto)していると表現し、その構 造的性格の違いを称別することになっています。そしてこのディスジャンクトとコンジャ ンクトをDJ・CJと略記します。この両者を構造図式で示すと、

となります。

 図の(ロ)と(ハ)はCJ型の2種類です。2単位のTC型がCJされているために 短七度の音程となり、オクターブに達するためには長二度の不足となるところから、そ の前か又は後の延長に核音いずれかを転回させて、オクターブを成立させる形式をとっ ています。

 いずれにせよ一応ここでは、下行旋法の音列式の1単位がテトラ・コルドだったこと を踏まえて、中世の旋法論に移ることにします。